ジャズ・ギタリストの父とジャズ・ヴォーカリストの母の間に生まれ、合わせて5人の姉妹弟と一緒に幼い頃から歌を歌ってきたHanaH。リヴィング・ルームでジャクソン5を歌い踊っていたという彼女の幼い頃から現在に至るまでのHanaH's Roots Music。10人のフェイヴァリット・アーティストをキーワードに語ってもらった。
小さい頃からジャクソン5を歌ってます
マイケル・ジャクソンを好きになったのは、幼稚園ぐらいです。幼稚園から帰ってくると、親が持っていたミュージック・ビデオを見てましたね。ジャクソン5時代の映像もあったし、物心がついたのは1980年代中盤でしたから、もちろん「ビリー・ジーン」とかも。でも「スリラー」は怖くて見られなかった(笑)。キャーッって布団の中に逃げ込んでました。
小学校ぐらいでは、ジャクソン5もマイケルのナンバーも歌っていましたけど、子供ながらに、「ヒール・ザ・ワールド」とか「アイル・ビー・ゼアー」とか、メロディーとハーモニーがきれいなバラードに惹かれてましたね。「ブラック・オア・ホワイト」とか、ノリのいい曲も好きなんだけど、それ以上にバラードが大好きでした。
他のアーティストでも、やっぱりミディアムからバラードが好きでしたね。自分が一緒に歌えるテンポ感があったんでしょうね。ゆっくり一緒に歌えるっていう。
とにかく、小さい頃は、おままごとじゃなくて「歌手ごっこ」みたいなことをしていて、歌詞を覚えるのも遊びとして楽しかった。
家には、もちろんレコードやCDがたくさんあったし、ジャクソン5だけじゃなくて、例えばビートルズなんかも親が聴いているのを一緒に聴いてましたね。しかも、誕生日とかそういう節目節目で、これは聴いた方がいいっていう名曲、名盤を両親がプレゼントしてくれてたんです。ダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダーとか。「ホワッツ・ゴーイン・オン」も、幼稚園ぐらいで聴いてます(笑)。
学校で歌って浮いてました(笑)
マライア・キャリーもバラード。「ヒーロー」とか、基本はバラードなんです。「恋人たちのクリスマス」もイントロのフェイクで歌い上げる、あそこにグッときている、そんな小学校3年生でした(笑)。今でも全部歌えますよ。当時から歌詞カードも見てましたけど、逆に子供なので聴こえてくるまま英語で歌ってましたね。
その頃、周りはもちろん洋楽なんか聴いてないので、クラスの子の話についていけなくて淋しかったですけど、それでも教室で歌ったりして浮いてました(笑)。でも、マライア・キャリーはTVドラマの主題歌になって、「あ、あの歌ってた曲だよね」って友だちに言われて嬉しかったのを覚えてますね。そのおかげで教室で歌うのも楽しくなったし。
中学生ぐらいになると、好きで聴くアーティストだけじゃなくて、自分の声質に近い人を探すようになりましたね。だんだん自分の声質がわかってきたんですね。高音部分、ハイトーンがきれいな人とか、ナチュラルにさらっと歌える人とか。マイケルは前者だし、さらっとの人でいえば、例えばキャロル・キングとか、もう少し大人になって知った人だとエヴァ・キャシディとか。
女性として惹かれた歌詞のメッセージ
メアリー・J・ブライジがデビューしたのは、私が小学生の頃ですけど、中学ぐらいで好きになってました。ヒップホップのビートにドキっとしたし、声質の低音の強い感じ、女性として強い歌詞のメッセージ、ファッションもかっこよくて、ストリートっぽい、ちょっと不良っぽいところにも惹かれてましたね。
私の歌詞の原点だと思います。何ていうか、メアリーもあんまりいい恋をしてないっていうか(笑)。でも、そこに女性としてのパワーに満ちていている。歌詞的には、男性じゃなくて、女性が書くものに共感してきた気がします。
アルバムで言えば『メアリー』(1999年)とか、凄く好きだったんですけど、さっきも話したように、私は彼女のような太い声じゃないので「こういう風には歌えないなあ」とも思ってました。
その頃から、マックスウェル、エリック・ベネイ、ディアンジェロ、エリカ・バドゥなんかを聴くようになっていって、ヒップホップ・ソウルからネオ・ソウルへ移っていく感じです。
気づかされた日本語のグルーヴ
いわゆる"ネオ・ソウル"、"ニュー・クラシック・ソウル"って呼ばれた人たちは、ジャジーなサウンドも凄く好きだったし、何より高音域が私の歌の練習にちょうど良かったっていう(笑)。マックスウェルもエリック・ベネイも、今思うと、みんなジャジーなバックビート派だっていうことと、ファルセットがすごくキレイなんだけど、声質自体は強い。
私はそういうタイプのシンガーを「喉の筋肉=ノド筋が強い」って呼んでいるんですけど(笑)。ノド筋が強いファルセットが綺麗なシンガーに傾倒していった時期がありましたね。
ちょうどその頃、MISIAさんがデビューして、私にしては珍しく国内のアーティストにすーっと反応したんですね。「包み込むように」を聴いて、うわ、かっこいいって。日本語でもかっこよく美しく聴こえるんだーって。日本人では、あと久保田利伸さんのアルバム『ラ ラ ラ ラヴ サング』が好きだった。
MISIAさん、久保田さんもノド筋系ですね。
高校時代はネオ・ソウルに浸ってました
エリック・ベネイ、そしてマックスウェル、ディアンジェロといった、いわゆる"ネオ・ソウル"系に完全にはまったのは高校生の頃です。大人っぽいソウル・ミュージックがしっくりきてたんですね。エリック・ベネイはとにかく大好きです。『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』とか、今まで何回聴いたかもうわからないですね。
特にバラード。元々まったりしたものが好きだから、高校の頃になるとテンポの早いものは聴いてないんですよ(笑)。レイドバックした、バックビートのものばっかり、本当にそれが主食。遊びに行って、クラブなんかで「ヒットソングで踊るのも楽しいなー」って思ってるんだけど、家では聴かないんです(笑)。
結果的にそれは自分の作品にも現れてますね。テンポで言えば速くてもBPMは120ぐらい。ほとんどの曲が、BPMは二桁(笑)。
ちょうどその頃、『ラヴ・ジョーンズ』(1997年)っていう映画があって、そのサントラ盤に入っていた人たちにも影響されましたね。マックスウェルも入っていたし、ローリン・ヒル、ケニー・ラティモア、カサンドラ・ウィルソンとか。CDショップのネオ・ソウル・コーナーに行って片っ端から聴いてました。でも、その周りに置いてあるレコメンのCDがマーヴィンとかカーティスとかで、「あ、それはもう知ってる」って思ってましたけど(笑)。
中学生で「ソウル・シンガーになりたい!」って思っていたので、高校時代はその思いが爆発してました(笑)。ジャケット見て、ドレッドとか、そういう髪型やファッションにも憧れてましたし。ブラック・カルチャー全体に憧れた時期ですね。
その気持ちが中学から高校ぐらいで行き切っちゃったところがあって、高校卒業するときに親に説得されて、ちょっとだけ就職しました。
ライヴ盤は、まさに衝撃!
高校を出て、2ヵ月だけ働いて、あっと言う間にOLは辞めまして(笑)。シンガーになるっていう夢に近づきたいし、どうせ同じ時間を過ごすんだったら音楽に接していたいと思って、飲食店で働いたんですね。そこは好きな音楽もかけられたし、ライヴもできたんです。
その頃にはまったのが、エリカ・バドゥですね。オリジナル・アルバムはもちろんなんですけど、特にライヴ盤の『ライヴ』は衝撃的。ギターレスで、ベース、ドラム、キーボードとコーラスっていう編成なんだけれどサウンドが厚い。グルーヴもすごくタイトだし、うわあ、かっこいいなあって。BPMも遅い曲ばっかりだし(笑)。このアルバムももう何回聴いているかわからないですね。全曲歌えますよ、歌詞カード見なくても。
私には姉がいるんですけど、姉は歌が上手くて、家でデモ・テープを作っていたりしたんです。CDのインストを使って、そこに自分なりのメロディーと歌詞を乗せてアドリブで歌っていたんですね。高校の頃とか、最初は私も真似してやってましたね。それが曲作り、デモ・テープ作りのきっかけ。高校卒業したこの頃は、曲を書くのも凄く楽しくなって、ギターで曲を作ってます。実は「alobe in my room」の元になった曲もその頃作ってるんです。
デビューしたいっていう思いはありましたけど、それ以上に、曲を書いていることが楽しいし、どんどん湧いてきたんですね。じっとしていられない。黙っているだけで、どんどんアイデアが出てきちゃう。今聴き直すと、けっこう頑張ってますよ……まあ、ひどいのもありますけど(笑)。
ヴォーカル・テクニックのお手本です
曲も作って、ライヴ活動も始めたこの頃、今もお世話になっているミュージシャンにたくさん出会ってます。キーボーディストのSWING-O(a.k.a.45)さんにもその頃に出会って、好きな音楽の話をしていたら、「じゃあ、そのエリカ・バドゥの編成でライヴをやろうよ」っていうことになって、ギターレスの編成で全曲オリジナルのライヴを始めたんです。
その月一回のライヴで毎回新曲を発表してました。20歳ぐらいで出会って、22歳〜23歳ぐらいまで。
やはり19歳ぐらいで出会ったプロデューサーのSINGO.Sさんに「声質がミニー・リパートンに似ている」って言われたことがあったんです。ミニーは、親の影響もあったし、お姉ちゃんがCDを持っていたりして、小さい頃から「ラヴィング・ユー」を歌っていたりしたんですけど、大好きだったし、嬉しかったですね。
私が凄いなと思うのは、語尾の感じとか、ヴィヴラーとのかけ方、ダブル(ユニゾンで声を重ねていく)のニュアンスとか。きちっと揃うところと少しはずしていくところか、絶妙な感じが大好き。うわー、うまいなーって。ヴォーカリストのテクニック的に大好きですね。他のアーティストでも、多重録音が素晴らしい人は大好きです。例えば、ディアンジェロ。何人いるんだろうて重ねている感じとか、絶妙です。
余談ですけど、小学生の頃に、親がライヴハウスでライヴをやるので手伝いにいったら、「一曲歌うか?」ていう話になったんですね。「じゃあ、ラヴィング・ユー」って私が言ったら、お父さんが「あれは(ギターが)簡単すぎてボクがつまらない」って言われて(笑)。子供が歌いたいって言っているのに大人気ないですよね!
その時は、結局「やさしく歌って/キリング・ミー・ソフトリー」を歌いました。
再発見した「大人の音楽」
キャロル・キングは、私にとっての「大人の音楽」なんですね。それは、音量をすごく絞っても心地よい、そんな「いい音楽」。例えば眠る前に聴きたい音楽。基本的にアコースティックで、ハーモニーの付け方が素晴らしい。それが私には「大人の音楽」です。
最近、その素晴らしさを再発見して、『つづれおり』をずっと聴いてます。音楽をやり始めて、こうやってデビューしてみたら、あらためてわかった、そんな発見がいっぱいあるんですよ。昔から聴いていたのに、毎回聴くたびに発見がある。「ああ、そこはこう歌ってたのか!」とか「あー、このハーモニー、おいしい!」とか(笑)。
英語だけど、すぐに理解できるようなわかりやすい歌詞。シンプルなんだけど、要所要所でぐっと曲が引き立つことをしているアレンジ。美しくて、充実していて……あらためて感動してリヴァイヴァルしてます。
J-WAVEの番組やライヴでも弾き語りでいろいろな曲をカヴァーさせてもらっていますけれど、キャロル・キングはいつ歌ってもいいですね。もう古今東西のたくさんのカヴァー作品がありますけど、自分でも工夫のしがいがあるっていうか。
同時代の共感があります
コリーヌ・ベイリー・レイの「ライク・ア・スター」は、たぶん最初はラジオから流れてきたのを聴いたんだと思います。こんなにメロウでアコースティックなナンバーがラジオから何度も流れるのがちょっと珍しかったし、素直に「ああ、いい曲だなー」って思いました。
アメリカのメジャーなR&Bは、どんどん進化して変化していってますよね、例えばビヨンセにしてもNe-Yoにしても。私は彼らも大好きですけど、それとはまた違って、クラシックなよさ、ソウルのマナーを気持ちよく守っていて、でも、打ち込みも気持ちよく使っている……そんな風に現代的な要素もあって、コリーヌには共感できるんです。すぐ好きになりました。
テンポの遅い、BPM二桁が大好物の私ですけれど、たとえテンポは遅くても、例えばギターのカッティングがグルーヴしているとか、演奏やヴォーカルのニュアンスで、高揚感があるじゃないですか。単に速ければダンサブルっていうことではなくて、熱くて厚い演奏があればグルーヴできるって思うんですね。
そういうタイプのアーティストが、最近はイギリスや、オランダ、スウェーデンとか、ヨーロッパからたくさん出てくるのも、不思議で面白いですよね。そんな人たち、そしてアメリカの"ネオ・ソウル"系の人たちのアルバムは、いつも楽しみです。
母のストイックな姿勢はお手本です
YAYOIさんは、私の母親です(笑)。父、岩見淳三とのデュオでジャズを歌っています。小さい頃から彼女の歌を聴いて育った、やはり私の原点です。
とにかく、音楽に対して真面目な人なんです。ジャズ・シンガーなのでスタンダード・ナンバーはもちろん、いろいろな曲のカヴァーを歌うんですけれど、その曲の歌詞をしっかり覚えているんですよ。単に言葉を記憶しているだけじゃなくて、その意味までしっかり覚えているんです。音楽に対して、本当にストイックなんですね。
小さい頃から、ライヴの前に練習している姿をいつも見ていて、お母さんの歌は凄いなあって思ってました。特に声量が凄いとか、レンジが広いというわけではないんですけど、それこそニュアンスが素晴らしいというか。特に二人だけのデュオということもあると思うんですが、語尾の細かいところ、アレンジとのマッチングをどうするか、すごく繊細なところを父と話し合っていたりする。「ああ、そういう細かいところまで考えるんだなあ」って。
歌い方もそうだし、ちょっとしたテンポの違い、BPMにしたら0.5ぐらいの違いでも曲は違って聴こえるとか、そういった細かいところにこだわって歌いたいと思うのは、母親の影響です。
エリカ・バドゥのライヴ盤の話をしましたけれど、私は実はライヴ盤も大好物なんですね。古くはアレサ・フランクリン、ダニー・ハサウェイ。マックスウェルやディアンジェロのライヴ盤も大好きです。きっと、そんな「ライヴでのグルーヴ」に耳がいってしまうのも、両親のライヴを幼い頃から体験してきているかもしれないですね。





